部活に入りにくい学校

今日は僕の母校でもある「秋田県立秋田高校」について。

最近、高校ラグビー部の先輩や後輩の活躍をよく取り上げてまして、それにはワケがあります。

秋田高校のラグビー部は近年部員不足に悩まされています。

2020年の花園予選(一番大切な全国の切符をかけた大会)では単独でチームが組めず合同チームで出場しました。

これはいかん!と我々OBも部員増に向けて協力することとなりました。

そうした取組みの中で、よくよく聞いてみると

今学校は学力向上に特に力を入れていて、部活に入りにくい雰囲気があるというのです。

部活に入っている生徒の成績が良くないと、

「部活なんてやっている場合か?」とプレッシャーをかけられると。

なので、そもそも部活には極力入らない。

部活ばかりやって勉強を何もしない、というのは問題です。

ただ、それにチャレンジする機会すら奪ってしまうような雰囲気が学校にあるのだとしたら、非常に残念。

これは聞いた話であって、僕が直接学校に足を運んで知り得た情報ではありません。

しかし、そういう話を耳にしました。

それが事実だとすれば

「自主自律」「文武両道」を掲げる秋田高校ですが、それはほんの表向きの表現ということになってしまいます。

そんな逆風吹き荒れる中、今年の3年生・2年生が部員集めに尽力し、単独チームでの出場を叶えることができました。

ただし、学力至上主義の学校において、どう部員を獲得するかは、今後各部活にとっての大きな課題です。

そこで僕は、「秋田高校ラグビーのOB」が社会で活躍している姿を発信したかったのです。

部活やっていた人材がこんなに活躍しているよと。

最近は1999年度卒の古屋亮太さん、2004年度卒の出雲隆佑君の活躍を取り上げました。

秋田高校の話はここまでになりますが、

今回の出来事が、高校での教育ってなんのためにあるの?ってことを考えるきっかけになりました。

東大、早慶、医学部…

いかに良い大学に生徒を送り込むか。

ここに目がいってしまうと、それはもはや予備校だと思うのです。

むしろ予備校の先生の方が、そういった教育は得意です。

では高校の価値はなんなのか?

学業・部活・学校行事と、さまざまな活動を通じて生徒を成長させること。

部活をやりながらも、高い学業成績を残すためにはどうすればいいか、道を示してサポートしてあげること。

社会で活躍する人材を育成すること。

高校にはそんなことが必要だと思うのです。

「いい大学に行くこと」は、そのための手段の一つであって、ゴールでは無いはず。

それは大人側に課せられた定量的な目標でしかありません。

部活や学校行事への参加からは、社会性やチームワークの大切さを学ぶことができます。

これは受験勉強からは身につきません。

誰かと一緒に創意工夫をしながら何かを成し遂げる、という経験も机に向かっていてはできないでしょう。

課題に対するアプローチの方法を、勉強とはまた違った観点から考えさせてくれるのが、部活や学校行事であり、アルバイトだったりします。

一方、部活ばっかりやっているのもダメ。

ダメというか、勿体無い。

部活ばっかりやっていたら、本当に狭い世界しか見えません。

学校の勉強は、新しい興味関心との出会い、自分の得意・不得意を理解することにつながります。

それなのに、多感な時期の彼らから勉強の機会や関心を奪ってしまうのはあまりにも残酷です。

スポーツ人材として生きてきて、30代で引退して、何もわからない中年になってしまう。

学校の生徒に対して「部活ばっかりやってないで勉強しなさい!」と言うつもりは全くなくて、ただ、興味のあることには色々と手を出してみたらいいと思います。

学業成績をあげることが、いい人材を育てることの手段の一つであるはずが、このように「手段が目的化」してしまうことってよくある話。

これは、リーダーがきちんと道を示さないとダメなんです。

サラリーマンの立場から考えるとよくわかるのだけど、

現場は時に目の前のことしか見えなくなってしまいます。

日々の目標数値に追われることで、自分の部署、自分の担当の成果だけを見てしまい、

会社全体の視野で考えられなくなる。

そんな時こを、リーダーが気づかせてあげる必要がある。

そんなことを考えるいい機会になったので、ここに書いておきました。

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